藤田いくみのブログ


 

  

小松庵風だより(しょうしょうあんかぜだより) 4   2025.6.8追加

花吹雪の一路堂
 一路堂を祖母馬場千代香が観音山慈眼院に建立・寄贈したのは、1974年(昭和49年)のことである。千代香は建て替えを予定されていた慈眼院本堂の片隅に、夫馬場一路居士の遺作展示の場を設けていただけないかと、副住職橋爪良恒師にお願いした。その構想が大きく膨らみ一路堂建立へと発展したのである。
 徐々に構想が定まる過程の中で千代香は幾度も慈眼院に通い、「一路居士を故郷の高崎へ」という千代香の願いを建物に現すべく、設計者の水原徳言氏は店舗の和風堂と世田谷の自宅を訪れて想を練られた。
 千代香は全身全霊で事に当たる性格だから、予想と現実が噛み合わないとさらなる情熱を降り注ぐ。生業である和風堂の店主を勤め、またライフワークの一路観音碑建立を続けながらのことであった。
 落慶が成った後も収蔵するための作品を選び表具を施し説明を付けて、春秋の彼岸に一路堂へ運び展示を続けた。 
 私は二児に恵まれる中で千代香を手伝い夫も協力した。手伝うというよりは千代香の情熱に惹き込まれ、濃密濃厚な18年をともに過ごしたのであった。
 1984年(昭和59年)千代香亡き後も何年か展示替えを続けた。しかしこの作業から引退しようと決めたのは、遺された者のエネルギーだけでは続かないと悟ったからであった。

 慈眼院若住職夫人の手で一路堂カフェがオープンされた数年後、私が次男夫婦に促されるような気持ちで一路堂を訪ねたのはそれから30年を経てからである。
 一路堂は在った。潜り戸にかかる橋爪良恒師筆「一路堂」は慎ましく、鹿児島寿蔵先生の一路観音画像を詠んだ歌碑はそのままに建ち、朝比奈宗源老師筆「一路堂」の扁額を掲げた入り口の佇まい、玄関の壁に掲げられた橋爪良恒師筆の「清規」、黒漆のカウンター、茶室の小松庵、講堂の広間、五〜六段降りた展示場、ランチに供された水原徳言氏デザインの風格ある湯呑茶碗と陰影「路」の意匠の座布団、何もかもが懐かしかった。
 さらに4年後の2025年春一路堂で友人たちと会食する機会を得た。眼下に原生林が広がる崖の段を降りた敷地に建つ一路堂は、南面に桜の大木を擁している。散りはじめていた花は谷からの風が吹き上がるたびに花びらが幾度も舞い踊り降りしきる。別の世界に居てこの景色を見ているような気がした。
 これで良かったのだ・・・そんな気持ちが湧いてきた。花吹雪は私の心を洗って励ましてくれているのだ・・・
 祖父や祖母の心にもっと近付いていきたい・・とも思った。
 そして小冊子「一路観音碑道しるべー33基と番外」の中に寄稿していただいた「一路観音碑について」の文末に、私に心配りをしてくださった橋爪良恒師の言葉が心に甦り、素直に受け止めていこうと決めた。

 桜に心を寄せておられた良恒師を想い、今日の花吹雪に出会った不思議を想った。

谷風や桜吹雪に邂逅す  いくみ

 

 

小松庵風だより(しょうしょうあんかぜだより) 3   2025.4.25追加

ケンちゃん
「ウワーン、オンオンオンオンオンオンオンオン・・・・」
 拳を顔にあて、私に寄りかかって次男は号泣した。インコのケンちゃんが死んだ日の朝だった。
 まだ雛のケンちゃんは、次男が作ってやったおもちゃのレゴの家でチョコチョコと遊んだ。疲れるとタオルにくるまり、頭を羽根の間に埋めて瞳を閉じた。
 私たちは、その愛くるしさにただただ心を奪われていた。小鳥の飼育に初体験の故に、この鳥の明日の命にまで思いが至らなかった。
 初代のケンちゃんとは、たった5日の触れ合いだった。
 夜帰宅して事の次第を聞いた夫は次男を評して、「あいつも良いとこあるな!」とひとこと言った。

 

小松庵風だより(しょうしょうあんかぜだより) 2

どっち
インコのケンちゃんが「ピイピイピイ」と呼びかける。夫が「ピーッピイピイ」と口笛で応える。
「ピッピイピイピイ、ピーッピイ」喉を膨らませてケンちゃんが鳴く。
ケンちゃんはなかなか勉強熱心だ。
まんまるな目で首をかしげ、夫の口元に耳を寄せて、「ドー、レー、ミー、ファー、ソー、ラー、シー、ドー」の口笛を聴きとろうとしている。
見ていたら、どっちが鳥でどっちが人間か分からなくなった。

恋多きいや多すぎて梅の花
  ほうこう
小松庵(しょうしょうあん)とは門にかかる小さな松を愛おしんで、祖父馬場一路居士が自宅につけた愛称です。藤田いくみ

 

小松庵風だより(しょうしょうあんかぜだより)1

無事
「ケンちゃん、お留守番頼んだわよ。あんたがいるから私は安心なのよ。」
インコのケンちゃんに言い聞かせ、玄関の観音様にもようく手を合わせ、私は出かけた。
夕方帰宅して、ドアの鍵穴に差し込んだキーに手応えが無い。
「シマッタ、鳥と喋っていて鍵を掛け忘れたんだ!」
シンとした家の中に、ケンちゃんの声だけがピイピイと響きわたった。
「何事も無かった・・・」
胸を撫でおろし、私はケンちゃんと観音様に無事を感謝した。

小松庵松笑わせて風の春…
ほうこう

小松庵(しょうしょうあん)とは、門にかかる小さな松を愛おしんで、祖父馬場一路が自宅につけた愛称です。藤田いくみ